今回は、「AI人材が事業会社・プロフェッショナルファームで働く魅力」をテーマに、データ活用を通して企業の経営を支援するプロフェッショナルサービス、プロダクトサービスを展開する株式会社ブレインパッドとの合同オンラインイベントを開催しました。
弊社からは、AI・デジタル室副室長 砂岡孝則(写真中央)、インダストリアルAI開発部 ファクトリーソリューション開発チームリーダー 瀬戸洋紀(写真左)、同チーム主担当 松葉大造(写真右)の3名が登壇しました。
―はじめに、AI・デジタル室のご紹介をお願いします。
砂岡:矢崎総業は創業84年を迎えるグローバルプライベートカンパニーです。BtoBメーカーのためご存じない方も多いかもしれませんが、世界46の国と地域に事業を展開しており、主力製品であるワイヤーハーネス(自動車用組電線)は、世界の自動車の約3台に1台に当社の製品が使用されています。直近の売り上げは約2兆5000億円に達し、国内最大級のプライベートカンパニーと言えます。
長い歴史のなかで蓄積してきた製造業ならではのデータを活用していくため、2020年に設立されたのが「AI・デジタル室」です。「新領域」「スマートファクトリー」「DX」の三つの領域に分かれ取り組んでいますが、本日は特に工場でのAI活用を行う「スマートファクトリー」についてお話しします。
AI・デジタル室の組織コンセプトは、「大企業とベンチャーのいいとこ取り」です。創業84年という矢崎グループの安定した経営基盤と豊富なデータ資産がある一方で、グループ本体とは全く別の、完全実力主義の人事評価制度・給与体系を導入。アメリカ西海岸の多くの会社が掲げている「Fail Fast, Fail Smart」を体現する、失敗を恐れずチャレンジできる文化・環境を整えています。また、リモートとオフィス出社のハイブリッドを基本とした、自由度の高い先進的なワークスタイルを取り入れています。
組織として、外部ベンダーに依存せず、AI人材を社内に確保する方針をとっていることも特徴的です。AI・デジタル室には、新規事業企画/営業、DXコンサルタント等、さまざまな職種・雇用形態の約150名が在籍していますが、そのうち7割がエンジニアで、かつ、社員エンジニアは約50名です。インハウスのエンジニアを中心にITプロジェクトを行っていることは、日本の製造業全体で見ても特徴的だと思います。
―ここからは実際のAIプロジェクトについてご紹介をお願いします。
瀬戸:私からは2つの事例をご紹介します。1つ目のスマートファクトリーのプロジェクトでは、製造業の「設計」「製造準備」「製造」の各工程において、生産技術部門や工場部門等の関連部門から相談を受け、横断的にAI活用に取り組んでいます。
例えば設計工程では、図面や要件定義における機械学習モデルを使った業務効率化、製造準備工程ではロボットの設定値の最適化をAIに代替することによる工数低減、製造工程では外観検査や不良検知の課題に対した取り組みなどです。
画像データや構造データなど、活用できるデータは多岐にわたり、また使用技術もディープラーニングや最適化などあらゆる技術を駆使しており、製造業という単一ドメインながら、さまざまな技術を活用するシーンがあります。AI・デジタル室は基本的にグループ会社内の部門に対し技術提供をすることがミッションなので、各部門と細かく連携しながら取り組んでいることも特徴的です。
2つ目は、生産技術部門からの依頼で、樹脂成形品の不良品低減プロジェクトに取り組んだ事例をご紹介します。このプロジェクトは、成型不良の早期検知によって、不良品の大量生産を防ぐことを目的としていました。樹脂成形品を作る際に用いる射出成型機のデータ取得用装置を生産技術部門に製造してもらい、その後AI・デジタル室が機械学習を活用し組み込みシステムのソフトウェア開発を行いました。
プロジェクトは「技術検証」「技術開発」「工場での検証」のプロセスをたどりましたが、それぞれ課題もありました。例えば、技術開発フェーズでは「AI精度の向上」です。AI・デジタル室には成型に関するドメイン知識がなかったため、生産技術部門にいる射出成型機のスペシャリストと密にコミュニケーションを取りながらAIモデルを開発することで、ドメイン知識を入れた高精度なモデル開発を実現できました。また、工場検証フェーズでは、現場においてデータ取得装置の電源を入れ忘れるといった人的ミスが多々発生したなかで、作業者のヒアリングを実施しデータ監視システムを導入することで解決していきました。部門間で密にコミュニケーションを取れたことが、プロジェクト完遂の鍵になったと思います。
松葉:私は樹脂成形品のコネクタに対するAI外観検査プロジェクトを進めています。コネクタはプラスチック樹脂を加熱溶解し金型に射出することで製造していますが、現在、材料の状態によって発生する外観上の不良品は、人の手(目視)による全数検査で検出されています。
これは非常に難度が高く市販の検査装置を用いても解決できなかったため、内製AIによる検査システムの開発を行い、自動化することがプロジェクトの目的でした。
プロジェクト遂行において大きな課題だったのは、学習用の不良サンプル入手です。教師あり学習のため一定量のサンプルが必要でしたが、なかなか集まらず苦労しました。
そこで、生産現場に協力を依頼し、学習用に製品を生産してもらうことで必要なサンプル数を確保し、高精度なAIモデル開発を実現しました。これはまさに、自社内だからこそできた解決方法だったと思います。また、金型の摩耗も課題で、摩耗するにつれて最初のAIでは不良を捉えられなくなる事態が起こったため、摩耗に追随する必要がありました。
これに対してはMLOpsの考え方を取り入れ、変化に適応しながらAIの精度を維持する仕組みを構築しました。こちらの課題も、内製だからこそロジックを変更しながら自社製品に適したシステムを構築できたのだと思います。
矢崎総業の生産拠点は海外が中心のため、現在、この仕組みを海外工場に展開すべく、現地視察や海外メンバーとの連携を強化しながら取り組んでいるところです。
松葉:プロジェクトにおいてAIの精度目標設定、お客様との期待値のすり合わせは難しいところです。私が担当するコネクタの外観検査プロジェクトでいえば、人の工程をAIに代替するものなので、不良品の見逃しゼロは大前提で、加えて、本来は合格である品を不良と判定してしまう「過検知」をどれだけ人と同じ基準まで高められるかが、精度目標になっています。
現場の強い期待もあるのでその要求をできるだけ満たせるよう、目標を緩めすり合わせるというよりも、時間をかけながらでも達成を目指すのが基本姿勢です。もちろんプロジェクトによってはすり合わせを行うことはありますが、現実問題として期待する精度を満たせない場合には、プロジェクト自体を見送りにするケースもあります。
瀬戸:私たちがそうした攻めの姿勢でいられるのは、グループ内での取り組みのため金銭的な関係がそこまで発生しないという特性が一因にあると思います。「まずは挑戦させてほしい」というアグレッシブな姿勢で臨むことができるのです。どうしても達成できない場合には運用でのカバーを相談することもありますが、限界まで挑戦できるのは事業会社としての特徴だと思います。
AI・デジタル室は矢崎総業本体の部門なので開発の立場が弱いといったこともなく、各部門も協力的です。一度の挑戦で目標を達成できなくても、別のアプローチを検討し、可能性がある限りトライし続けることができるので必然的にプロジェクト期間は長くなり、2年から5年ほどかけてじっくり取り組むものも多いですね。
瀬戸:事業会社である矢崎総業では、受託案件とは異なり、各部門から直接相談が入る形でプロジェクトがスタートします。そのため、私たちは相談窓口のような機能も果たしています。相談内容は大小問わずかなりの量で、かつ玉石混交なので、そのすべてには対応しきれません。そのため、AI・デジタル室で費用対効果や将来性をもとに判断し、数を絞ってプロジェクト化しています。
規模自体は小規模なものが多いため、例えばAI技術開発が8割、ソフトウェア開発が2割といった割合のケースもあれば、基本的には機械学習エンジニアが上長とともに要件定義からシステム開発まで一気通貫して担っているケースもあります。ただ、これは現時点での体制なので、将来的には変わるかもしれません。
AI・デジタル室全体では50名の社員エンジニアがいますが、スマートファクトリー領域に絞ると10名程度ですので、それぞれが、あるときはマネジメント、あるときはコーディングといった形で、マルチプロジェクト・マルチロールでプロジェクトにあたっています。プロジェクトが長期にわたっておりそれぞれにピークの波が異なること、また、製造業という単一ドメインなので実現できている体制だと思います。
松葉:要件を整理していく上流部分もエンジニアがカバーしていかなければならないのは、矢崎総業の業務上の特徴だと思います。
―社内のノウハウやAI関連の知識、業務知識はどのように共有されていますか。
瀬戸:技術交流やノウハウ・事例共有、最新技術キャッチアップのための勉強会などがありますが、製造業のドメイン知識は社内の人間に現状をヒアリングして吸収することが多いです。矢崎総業の場合、特に主力製品であるワイヤーハーネスに関しては世間的にみても最も精通しているのが自社ですから、ドメイン知識を得るには社内の製造部門に聞くのが最も詳しく効率的です。
─リモートワークや出社時の環境は、現在どのようになっていますか。
砂岡:全体の出社率は2~3割程度ですが、職種やプロジェクトによって異なります。例えば新規事業の営業は客先に行っていることが多く、データ分析系の担当者はリモート勤務が多いです。「スマートファクトリー」の担当者は、工場に訪問していることが多いと思います。
─人事評価制度について教えてください。
砂岡:AI・デジタル室では実力主義の人事制度を導入しています。エンジニアだけでもAI系、アプリ系、インフラ系など多様な職種が存在する事業会社において、公平な評価を実現するため、現在、職種別、グレード別の能力要件を定めたコンピテンシー表の精緻化に取り組んでいます。
─矢崎総業が保有したデータを活用したビジネス展望についてお聞かせください。
砂岡:工場系に関して言えば、例えばワイヤーハーネスは柔軟物かつ非定形物のためこれまで製造の自動化が難しい分野でしたし、それ以外にも、AI・データの活用による自動化の余地がかなり残されているのが製造業だと思っています。
工場系以外にも、矢崎総業はドライブレコーダー等の車載機も国内トップシェアの一角を占めているので、モビリティ系のデータを活用した新規事業の立ち上げも大規模に進めています。このように矢崎グループ全体で、まだまだデータ活用をしきれていない現状なので、多くのポテンシャルを秘めていると思います。
─どのような人材、スキル、経験をお持ちの方を求めていますか。
砂岡:これまで「新領域」や「DX」では、大手コンサルティングファーム出身者などビジネス寄りのコンサルタント職の人材がメインとなってプロジェクトを推進してきたのに対し、「スマートファクトリー」では、現場からの相談を受けるボトムアップ型のプロジェクトを中心に、AIエンジニアが主導してきました。
ただ、工場系においてもある程度成功事業がそろってきたなかで、より大きな成功を作るため企画機能の強化が必要だと感じていますので、今後はよりコンサルタント寄りの人材が求められていくと思っています。
イベントレポートを最後までご覧いただきありがとうございました。
興味をお持ちいただけたらぜひご応募ください。